楽しいこと、美味しいもの・・・目指すのは「いいことずくめ」の毎日!


by otravez

カテゴリ:回顧録( 7 )

サウジ通信 No.3①

インドの話を書きましたが、その前のサウジ通信が、またまた放置されておりました!!

 これは、日付がなくって、いつ書いたものなのか、正確にはわかりませんが、多分1995年の11月初め頃だと思います。

サウジ通信 Vol.3
ご無沙汰しております。 休暇で旅行に出たり、日本人会のイベントがあったり、このところ結構忙しく、なかなか落ち着いて手紙を書く時間がなくて・・・。
今回のサウジ通信は、リヤド駐在員の衣食住について、少し書いてみますね。
まず“衣”。 女性のアバヤに関しては前回書いたとおり。 私のかなり怪しいアバヤ姿の写真を同封します。笑ってやってください(注:前回掲載)。 男性は、日本人は皆、ごく普通の服装です。 会社によって、ノータイOKとか、ポロシャツOKとか、多少の差はありますが、だいたい日本のサラリーマンスタイルとかわりません。 
売っている洋服はだいたいヨーロッパorアメリカのブランドのもの。 高級ブランドからカジュアルブランドまで各種あります。日本人には多少サイズの問題があるものの、全体に非常に安く、また高級ブランドのものも、念に2~3回のバーゲンの時には50%~75%引きなどという値段がつくのでとても手頃です。 靴、バッグ、化粧品も同様です。

次に“食”。食料品はだいたいスーパーで買います。生鮮食料品以外は輸入品がほとんどで、スーパーもアメリカの大手スーパーとか、ヨーロッパ系のスーパーがあって、品揃えも豊富です。ただ日本食については、前回も書いたかもしれませんが、リヤド全体で日本人わずかに240人。超少数派なので、一般のスーパーで買えるのはキッコーマンのお醤油くらい。それも500mlで600円くらいというとんでもない値段。 それ以外のものは韓国スーパー(通称カンスパ)が2軒あり、海苔、乾めん、干し椎茸といった乾物、おせんべい、麦茶等々、そして韓国やタイのインスタントラーメン等が買えます。でも買えない物の方が圧倒的に多く、それもお味噌とかかつお節といった、無いととっても不自由なもので入手不可のものが多いため、どこの会社も「取り寄せ便」(送付制度)という制度があります。 海外向け食料品配送専門会社が発行しているカタログの中から、必要な物を選んで注文するという・・・要するに日本食のカタログ販売・・・制度で、商品の代金は個人負担、送料及び手数料は会社負担(お正月前だけは、商品もある程度までは会社負担)となります。 日本では見たこともないような商品も結構あります(白滝・コンニャク・油揚げの缶詰、フリーズドライの大根おろしetc)。

野菜は種類豊富。輸入物は高めだけど(と言っても日本より安い)、ローカルモノは野菜スーク(広場に軽トラックでやって来て、荷台をお店代わりにして売っている。そういう車が50台くらい集まっている)で買うと、トマトが20個くらいで250円前後とか・・・というか、何でもSR(サウジリアル)10.-なんですが(1995年当時、SR1=約25円)・・・、枕の替わりになりそうな、大きくて長いスイカが3個でSR10とか・・・。形や味も日本のものとあまりかわらないものが多く・・・スイカは違うなあ。 でも味はいいですよ。キューリは、ちょっと短いけど味は同じ。 ナスは米ナス、普通のナス、真っ白いナスと3種類。 日本のナスよりアクが強くてちょっと辛いかな。 インゲンは妙に固くてスジスジ。 セロリは細くて青いし、もやし(!!)はちょっと苦くて、ニンジンは細くて長いし・・・やっぱりだいぶ違いますね・・・。 大根、白菜はカンスパで立派なものが買えます。果物はすごく種類が多くて安いし美味しい!! もうシーズンは終わっちゃったけど、チェリー(アメリカンタイプ。 シリア、レバノンあたりでとれるそうです)とか、今だとエジプトのマンゴ、リンゴ、洋ナシ、イチゴ、バナナ、キウイ、ネクタリン、プラム、グアバ(生のグアバという物を、私、初めて見ました。これはでも、美味しくなかった)、メロン(ハネデュー系と、中がオレンジ色の、アメリカではカンタロープと呼ばれるタイプとがあります)、etc,etc。 おっと、大切なのを忘れた! サウジの代表的果物(と呼んでいいのだろうか)、デーツ!! 干した物をアラビックコーヒーとともに食すというのがサウジ流ということは、前回書いた(ような気がしている)通りですが、生のものは8月下旬から今頃まで(そろそろ終わり)がシーズン。 大きさはちょうど親指くらい。 熟していないものは、気が遠くなりそうなくらい渋いけど、それも1ヵ月くらい冷蔵庫の中にでも入れておくと自然に甘くなります。 それも、フルーツの甘みというより、お菓子の甘みに近い感じで、3個くらい食べると、どうしてもお茶が飲みたくなるくらい。 日本人は、デーツは、好きな人と嫌いな人と、極端に分かれるようです。
肉は、豚はもちろんないけど、牛肉、鶏肉、ヒツジ肉、そしてラクダ肉(さすがに食べたことがない。 そもそもどうやって食べたらいいか、わからない!)と、各種取り揃えて、売っています。 多少高級な肉屋さんに行くと”Sukiyaki slice”と頼むと、牛肉を薄切りにしてくれたり、鶏のひき肉を作ってくれたり(これもなぜか”チキンミンチ”と日本語風に行った方が通じる)と、それほど不自由はありません。 ハム、ウインナーはbeef, chicken or turkey、ベーコンはveal(子牛)のものがあります。Vealの肉は豚のヒレ肉にちょっと似ていて、これでトンカツもどきを作る人も多いようです。
乳製品はチーズの種類がとても多く、これで美味しいワインがあったら最高なのに・・・と思います。 甘みのついていないドリンクヨーグルト(とても濃厚)でラバン(Laban)というのがあって、これにミントの葉を浮かべて飲むのも、けっこうオツなものです。 そうそう、飲み物で特徴的なものにサウジシャンペンというのがあります(もしかして前に書いたかな)。 リンゴジュース+炭酸水+オレンジ、リンゴ、キューリの薄切り+ミントの葉。さわやかな飲み口です。 一度お試しください。
魚介類はあんまりいいものがなくて、エビ・鯛(とーっても安い)、鮭(とーっても高い)、やりいか(とーってもくたっとしている)、ハムール(日本では見ない魚。けっこうクセがある)、テラピア(これって淡水魚でしたっけ?)、時々アジとかデブなサヨリを見かけたり、サバ(でもジンマシンが出そうで、こわくてまた食べたことがない)を売っていたり。 冬になると、お刺身でも食べられるようなものも出てくるというウワサなのですが・・・。 貝類はカイム(ワ~ン、ヘタなシャレ)。 売っていたって、こわくてイヤだよねぇ。 タコは冷凍をカンスパで売っています。


・・・と、ずいぶん長くなったので、本日は食べ物編まで。 今度こそ近日中に続き(「住」編)を・・・^_^;
[PR]
by otravez | 2008-10-01 23:13 | 回顧録

インドの・・・

デリー時代の仲良しマダム達とのランチと同じ週の週末、今度はデリーのボランティアグループの、年に一度のOG会がありました。

今年は、現在デリーに3度目の駐在でいらしている方の出席もあり、現在のデリーの様子をいろいろ聞くことができました。

続け様にデリーの思い出話をする機会に恵まれ、いろいろなことを思い出してしまいました。


中でも盛り上がってしまったのがネズミの話。 デリーに住んでいると、しょっちゅう遭遇する生き物の一つなのです。

仲良しマダムは、近所のマーケットで真っ黒なお米だと思ったら、小さなネズミが一面に乗っていたという、すごい光景に遭遇。

私は、デリー生活を始めて間もない時に、せっかく日本から仕入れたクッキー数箱をかじられるという洗礼を受け、近所の八百屋では、乾燥除けに野菜にかけてあった麻袋をどけたら、その下でトウモロコシにかじりついていたネズミ君と見つめ合うこととなり、さらには同じ八百屋でジャガイモを手に取った瞬間、その真下でお食事中のネズミちゃんに「何するだぁよぉ~~」と威嚇され、そしてまたある時には、家人の出張中にビデオ鑑賞中、視線を感じ、何気なく見やった先にいたネズちゃんと、お互いに呆然と見つめあうこととなり・・・。

まあ、うちの場合は最初のクッキー以外はたいした被害はなく、共存しておりましたが、友人のところは使用人がネズミを退治しようと電子レンジに入れるという大事件があったとか・・・。

動物の話が出たついでに書きますと、当時のデリー(一国の首都です!!)では、ネズミはもちろん、リス、牛、野良豚、らくだ、象、猿、ロバ、孔雀、オオトカゲ(コモドドラゴンみたいなヤツ)、オウム、鷹など、ふつ~~~~~うに町中で見かけることができました。 あっ、大使館のプールの排水溝には、野生化したマングース(元々は、コブラと闘わせるために、どこかから連れてこられたものらしい)も住んでいて、時々走り回っていました。

突然足の指に火の粉が飛んできたかのような、痛みを感じたと思ったら、1cm以上もある大蟻が噛み付いていて、流血の惨事となっていたことも・・・。

It’s a jungle out there!
[PR]
by otravez | 2008-09-29 22:49 | 回顧録
先日aradasさんとlovelynyさんから「サウジ通信はどうした!!」というお叱りを受けてしまったので(-_-;)、久しぶりに・・・半年以上も放置!・・・サウジ通信。 前回のサウジ通信Vol.2のオマケです。

<オマケ>

サウジの典型的な服装です。
b0095671_10223732.jpg


(絵はヘタなのよねぇ~~。女性の絵なんて、ほとんどオバケじゃん・・・)






・外国人女性はアバヤは着るけど顔は隠しません。
b0095671_101941.jpg


(恥ずかしながら、モデルはワタクシです。陽射しが強くて・・・しかも砂漠の中で撮った写真なので、サングラスが怪しさ倍増! ショッピングセンターやスーパーの中でも、こんな格好・・・サングラスは取りますが、ヘッドカバーは被ったまま・・・です。)


・男性の着ているのは寝巻きではない! “トーブ”と言います。
・男性はひげは剃ってはいけないと、コーランにあるのだそうで、みんな口ひげもあごひげも生やしています。
・男性のかぶっているのは・・・名称は忘れました・・・赤と白のチェック、または白の、80cm四方位の布(注:シュマーグという名称でした)を黒の輪(イガール)を二重にしたもので留めています。
b0095671_10245349.jpg



(家人が旅行先で撮ったサウジ青年の写真。 典型的なサウジ男性の服装です。)


・アバヤの中は自由。サウジ女性はだいたい、ものすごく派手なロングスカートのことが多い。
・トーブの中は素肌、もしくはランニングと、下はステテコ風のショートパンツ(ひざ丈)。
・トーブの衿の形は、シャツカラー有り、学生服風のスタンドカラー有りと、いろいろ。
・靴は男女とも、革のサンダルが多いけれど、ごく普通の西洋風の靴の人もずいぶんいます。
・アバヤは刺繍やビーズがついていたり、けっこうおしゃれなものもあります。でも顔までしっかり隠しているサウジ女性は、ただの真っ黒のアバヤのことが多いようです。
・トーブを着るのはサウジ人、イエメン人等、いわゆる“アラブ人”だけ。 パキスタンやバングラデシュの人はトーブの短いようなのと、ズボンがセットになったような服(カーキ色、グレー、茶のことが多い)、それ以外はごくごく普通の服装をしています。
以上サウジアラビア衣服編でした。



P.S.さっきシャワーを浴びようとしたら、バスタブに、なんと、ヤモリがいました。 もういなくなっているといいけど・・・

b0095671_10305457.jpg

こうやって、サウジで撮った自分の写真を見ると「あ~、私ってほんとうにサウジにいたんだなあ・・・」と、不思議な気分です。 もう12年も前の話。 その後、サウジの国王は代わったけれど、サウジに住む人の生活はほとんど変わっていないことだろうと思います。

サウジ生活回顧録は、これからも続けていく予定。 
[PR]
by otravez | 2008-03-23 10:36 | 回顧録
ちょっと間が開いてしまいましたが、サウジ通信No.2 イスラム入門編の続編です。

次に特徴的なことは、やはり、女性の扱いでしょうか。 前の手紙にも書きましたが、女性はとても閉鎖的な世界に暮らしています。外出時は常にアバヤ(黒衣)とヘッドカバーをまとい、車の運転は許されず、本当は一人歩きもダメ(結構している人が多いけれど)。 既婚の男女は、たとえ知り合いでも、道で会釈をしてもいけない(らしい)・・・これだけで、不義密通になるのだそうです・・・等々、ちょっと想像もつかないような世界です。 レストランも男の人専用コーナーと、女性同伴用のファミリーコーナーと、入り口から別になっていて、ファミリーコーナーは中が見えないようにと窓もない(もしくは、ブラインドがガッチリおりている)ものがほとんど(マクドナルドやハーゲンダッツでさえこうなっています)。ファミリーコーナーのない店は男性専用。 
まだ私は服を買ったことがないのですが、聞いたところでは、家の外でアバヤを脱いではいけない・・・つまり試着はできないという話です(注: 本当です。その代わり、服を買うと、袋にレシートをホチキス留めにしてくれて、1週間は返金・返品が可能です)。 

このような決まりごと(法律というよりは慣習)の違反を取り締まるのは、一般の警察ではなく、宗教警察(ムタワ)。 スーク(市場)・サラータイム・日没後というのが、ムタワがよく出没する要注意ポイントなので、私もスークに行く時と夕方の買い物の時は、ヘッドカバーを被るようにしています(ちなみに、髪の毛を見せていると、後ろからポカッと殴られるのだそうです)。
サウジという国の大きな特徴の一つに、出稼ぎ外国人労働者が多いという点があります。サウジ人は会社や商店のオーナーかマネージャー、もしくは公的機関のトップ・・・要するに、実際の「仕事」にあまりかかわりのない、社会の上層部を占めていて、その他の部分はすべて出稼ぎさんが動かしている状態です。 私の回りを見渡しても、ダンナの会社のNo.2はインドネシア人、セールスはインド人、ドライバーはイエメン人、そうじ/雑用係はバングラデシュ、スポーツジムのおにいさんはフィリピン、旅行代理店の人もフィリピン・・・。他にもレバノン、シリア、エチオピア、エリトリア、韓国、パキスタン等々、いろいろな国からの出稼ぎさんがいます。
リヤド日本人会は0歳児まで含めてもわずか240人。 アメリカ人、イギリス人は万単位の人がいるのに比べると本当に小数派です。しかもその半分が大使館、JICA、日本人学校の関係者、 残りの大半が商社。ウチのようなメーカーの駐在員はごくわずかです。大人の数が百数十人ということなM(注:元の勤め先)の所員より、ちょっと多い程度。ほとんどの人が知り合いという感じです。少人数なだけに交流も多く、テニス大会、ボーリング大会等のイベントも多いようです。

b0095671_16282140.jpgここまで書いてきて読み返してみると、まるで、アバヤに身を包み、ムタワの影におびえ、息をひそめて毎日を送り、時々日本人同士の小さな世界で息抜きをして・・・みたいですね。 狭い世界に生きているのは事実。 でもコンパウンド(米軍キャンプをイメージしていただくとかなり近いと思います コメント: 「米軍キャンプ」って、普通はあんまりイメージできないですよね。実は本牧ベースのプールで遊んでいた変な中学生だった私・・・^^;)の中なら、タンクトップにショートパンツだろうと、一人でアイスクリームを食べながら歩いていようと、誰にも文句は言われないし、アメリカ人が多いので、近所の皆でバーベキューをしたり、毎朝コンパウンドから出ているショッピングバスに乗って買い物に行ったりもできるし、テニスコート、スカッシュコート、ビリヤード場、サウナ、プール、ジャクジ、レストラン、スーパー(もうすぐボーリング場もできる)と、コンパウンド内でいろいろなことができるので、皆さんが想像しているよりはきっとだいぶ快適な生活をしているだろうと思います(正直なところ、遊んでばかりいるワタシ・・・)。
サウジ報告Part 2はここまで。 ご質問、感想お待ちしています。 さーて、プールにでも行こうっと!


写真は住んでいたコンパウンドの2階の窓から見たご近所。 暑いので外にはだ~~~~~~れもいません。

サウジ通信2のオマケ編に続く。 ワタクシの写真、自筆の絵(ほとんど落書き)も登場しますのでお楽しみに。
[PR]
by otravez | 2007-06-02 16:32 | 回顧録

サウジ通信 ~1995年7月

1995年7月のサウジからの手紙です。 今になって読み返してみると、自分でも忘れていたようなことがいっぱい。 注釈をつけたいこと、関連するエピソードが山ほどあるなぁ~~。 なお、イスラム教についての情報、サウジの状況、すべて1995年の時点で私が見聞きしていたことに基づいていますので、もしかしたら現在は違っていることもあるかもしれません。

この手紙の届く頃は東京も暑さのピークの頃でしょうか。 皆様、お元気でお過ごしでしょうか。 Oさん(注:元の勤め先の同僚)お手紙ありがとうございました。 他の皆様、お手紙お待ちしています。

サウジ報告第2弾・・・の前にまずOさんのご質問にお答えします。 サウジの国内線の飛行機に女性スチュワーデスははたして乗っているか・・・。 答えはYES! 長袖ブラウスに長いズボン(ショッキングピンクと青ミドリの2種類いました)、同じ色のスカーフで髪の毛と首も隠して、ご丁寧に同じ色の帽子まで被っていました。 ただ、この女性たちは近隣の国(シリアとかヨルダンとか)の人だという話で、本当のサウジ女性ではありません。 次にいつもベールで顔を隠しているということは、男の人は結婚して初めて自分の奥さんの顔を見るのだろうかという問題ですが、残念ながらサウジ人に知り合いがいないので本当のところはわかりませんが、顔を完全に隠しているのは既婚女性だけという話をチラッと聞いたことがあるし、10代半ばくらいの女の子は、確かに顔を見せて歩いている姿をよく見かけます(と言っても、顔を隠している人達の年齢はわからないから、中には10代の子もいるかもしれませんが)。



(町をちょっとはずれると、ずっとこんな景色です。 写真が地味・・・)
b0095671_9594597.jpg
サウジ報告第2弾はサウジ/イスラム基礎編。
サウジはイスラム教の聖地メッカとメディナを有する国(そしてもちろんイスラム教発祥の地)ということもあってか、極めて厳しいイスラム教国。 生活のすべてをイスラムの教えが決めている国です。 刑法もシャリーアといって、教義に則ったもの、つまりムハンマドの時代(7世紀前半)の感覚そのままなので、“不義密通”などというもので留置場行き、なんていうことも。 刑罰も、窃盗で手首の切断、2度目がもう一方の手、3度目で首切り、という話(注:「悪いことをした部分を取り除く」という考えのようです)。 売春の斡旋も首切り。その他の犯罪も常習は首切り。 そしてそういった刑の執行は公開されていて、リヤドの場合、一番にぎやかなスークのすぐ近くの「首切り広場」で行われます(注:刑にはもうちょっと軽い刑・・・百たたきとか^^;・・・もあります。 この執行も公開です。公開処刑のスケジュールは新聞に載っているのだとか。 余談ですが、私の知人(日本人)にはナイジェリアでスパイ容疑で百叩きにあった人がいます。 実際はゴルフ場でぼ~っと外を見ていたら、たまたまそこが軍の施設だったんだそうです。 こわ~~っ!!)
ムスリム(イスラム教徒)の日常生活の基本はお祈り(サラート)。 一日に5回、お祈りの時間(サラータイム)になると町中のモスクからお祈りが流れてきます。 7月末現在のリヤドのサラータイムは朝4時頃(日の出)、お昼の12時少し前(正中・・・太陽が真上に来る時)、3時半過ぎ(午後の祈り。 何が基準なのかはよくわかりません(注: お昼のお祈りと日没のお祈りの中間あたりのようです。 正しくは「影が倍になる時」だとか)。6時45分頃(日没)、8時15分頃(夜の祈り。 日没から一時間半後)。 太陽の位置が基準なので、毎日変わるし、町によっても違います(ちなみにリヤドより西にあるメッカは、だいたい30分くらい遅くなる)。
サラータイムの間はすべてのお店が閉まります(30分くらい)。 これが実に不便! 午前中はだいたい普通の感覚で買い物ができるけれど、大きなスーパーやショッピングセンター以外はだいたいお昼のサラータイムから4時過ぎまでは昼休み(早朝のお祈りがあるので、皆昼寝をするから)。 4時過ぎにお店が開いてから、次のサラータイムまで2時間半しかないので、2~3ヶ所回りたい時などはたいてアウト! 日没のお祈りから夜のお祈りまでは1時間(お祈り時間そのものが30分あるので)。 これもまた、買い物をしてから夕食をどこかで・・・などという時、とても大変。 ただ大半のレストランはサラータイムの15分くらい前までに入れば、サラータイムの直前には注文した料理を出してくれるので、我々異教の輩はそれをおとなしく食べていればいいというわけで、何とかなるのですが。
ただ照明をとても暗くしてしまうので、自分の食べているものがよくわからないけど。 先日鶏のケバブ(串焼き)を頼んで、暗くなってから持ってきてくれたものを何も疑わずに食べたら、実はマトンだった・・・なんてこともありました(文句を言おうにも、ウエイターは全員奥に引っ込んでしまうので、30分じっと待つか、あきらめて、間違ってきたものを食べちゃうかしかありません)。 他にもサラータイムのために不便に感じることはいろいろあるけど、だいたいのイメージはつかんでいただけましたでしょうか。
  

 (・・・まだまだつづく)
[PR]
by otravez | 2007-05-19 10:10 | 回顧録

サウジへの道(その2)

b0095671_21433289.jpgさて、バーレーンで一泊の後、いよいよサウジ入国です。
(写真はサウジの王国建国時の都、ディライヤ。 現在の首都リヤドから車で30分くらいだったかな・・・)

翌日は車でコーズウェイというバーレーンとサウジの間にかかる橋を渡って入国。
橋の途中で、まずバーレーンの出国手続き。 そして少し走って今度はサウジの入国手続き。この2つはまるで高速道路の料金所のように車に乗ったまま。 料金の代わりにパスポートを渡し、写真との照合のためのぞきこまれるので、ニッっと愛想笑いをして手続き完了。一番の難関は税関。 サウジというのは最もきびしいイスラム教国。 お酒、豚肉、そして何よりヌード写真をはじめとするポルノは持ち込み厳禁です。 コーズウェイの税関は空港に比べるとなるかにチェックが甘いのだそうですが、それでも雑誌のエステの広告(女性の上半身ヌードが出ていた)1ページ、破り取られました。 でもスーツケースの中身は開けてチラチラっと中を見るだけで終わったんだから、本当に甘かったんだと思います。空港の税関だとほとんど全部出させられるという話ですから (注: いやぁ、実際はそんなことはなかったんですが)。こうしてやっと入国し、ダーラン空港に着きました。

(写真: ディライヤの周囲はオアシス。 「砂漠のオアシス」って、本当に砂漠の中に唐突に開けています。)
b0095671_2144366.jpg
ここで初めてサウジの女性達に出会いました。 その服装はというと、アバーヤという黒い服・・・これは外国人でも外出時には必ず着用・・・つまり私も出かける時にはこれを着ます・・・外国人はこれでOKらしいけれど、サウジの女性は頭もスッポリ黒い布で隠しています。 ダーランはリヤドほど厳しくはない土地なので、顔は出している人も多く見かけました(アマさんの被り物がまっ黒になったと思えば、だいたい当たっているでしょう)。 他に、目だけ出している人、目も出していない人(手首から先以外は全部隠している!)もいます。 目も出ていない姿は少々不気味。
ダーラン空港で少々待って、国内線でリヤドに入ったわけですが、空港の待合室には”Ladies Only”という一角がありました。 また、金属探知機も、女性は別室に入ってハンディなものでチェックを受けます。 みごとなまでに男女が区別されている感じです。
さて、こうして飛行機に乗って、いよいよ離陸。 その時スピーカーから流れてきたのは、セーフティーガイダンスでも何でもなく、なんと機長によるコーランの朗読でした。 ダーラン~リヤド間約40分、アラーの神様の手に身をゆだね、世界で3番目に大きいという(注:1995年当時)リヤド空港に着きました(私は国内線ターミナルだったので、そんなに広さは感じなかったですが・・・)(注:国際線もそれほど広さは感じません。多分旅客ターミナル以外も含めての広さが広いということなのでしょう)。ちなみに、ダーラン、リヤド空港とも、Royal Wingという王族専用のターミナル(リヤドは滑走路も)があります。 さすが王様の国。 

b0095671_21444550.jpgあっ、一つ書き忘れた・・・飛行機に乗る時、普通はファーストクラス、ビジネスクラス、小さな子供を連れている人、体の不自由な人が最初に乗りますよね。 サウジではそれに“女性連れ”が加わるのです。 いつでも一番先に乗れちゃうわけです。 それって“女性はハンデだ”っていう意味? 複雑な気分です。
以上、私の“サウジまでの道”のレポートです。 スペースがなくなってしまったので今日はここまで。では、皆様、お元気で



(人間が去った後の廃墟の主たち)
[PR]
by otravez | 2007-05-14 21:52 | 回顧録

サウジへの道

さて、2年目突入を機に着手しようと思っているプロジェクト・・・なぁ~んて、そんな大したものじゃないんだけど・・・、3月の引越しで、やっと昔の写真が発掘できたので、サウジ・インド時代のことを記憶が薄れないうちに(って、もう充分薄れてきてはいるのですが)、書き残しておきたいなんて、思っています。

サウジに行ってすぐの頃に、元の勤め先の同僚達に書き送った「サウジ通信」のコピーを、帰国後に友人が返してくれました。サウジでの生活が始まってすぐの頃、自分がどんなことに驚き、どんなふうに感じていたのか、後になって読み返してみると、逆に新鮮! えらく舞い上がっていたりするのもご愛嬌。

自分で言うのもなんだけど、なかなか面白いレポートだと思います。

それでは「サウジ通信 Vol.1」(1995年6月1日)

前略、 皆様お元気でいらっしゃいますか。 5月25日成田発→香港→ドバイ→バーレーン(一泊)→(車で国境を越え)サウジアラビアのダーラン→(国内線で)リヤドに無事到着しました。 Kuriのサウジ報告第1弾は、まず、このリヤド着までについて。
成田から香港、そしてドバイまでのフライトはビジネスクラスだったこともあって快適そのもの(注:生まれて初めてのビジネスクラスに、かなりテンションが高かったもよう(笑)。 わざわざ書かなくたっていいのにねぇ~~)特に成田→香港では生まれてはじめて747のアッパーデッキに乗ってしまった! 実にゆったりしていて、やっぱりエコノミーとは違いますね(注:うん、アッパーデッキはほんとにゆったりしてた・・・。え~ん、誰かビジネスクラスに乗せてくれぇ~)。香港のビジネスクラス用のWaiting Loungeも、多少混んではいるけれど、大きな窓から香港島の高層ビル群がよく見え、良かったですよ(注:昔の空港です)
香港→ドバイは飛行時間約7時間半。ドバイには夜8時半頃着。ここで約1時間止まって、そのままバーレーンへ。 この時のドバイの気温36℃。 時間も短いし、面倒だからと機内に残って待つことにしたのですが・・・、車と同様、飛行機もエンジンを切るとエアコンが止まってしまうということを、身をもって知ることとなりました。 暑くて「もうダメ!!」という頃、再びバーレーンに向かって出発。 今度は1時間のフライト。 サッカーのWカップ予選で有名になった、あのカタールを飛び越してバーレーンに着きました。
ここで72時間まで滞在できるビザをUS$30でもらって入国。 いよいよイスラム教の世界。
荷物を取って、まわりを見渡すと、女性がい・いない!! 何となくイヤな予感を感じつつ、税関を通り出口の自動ドアを出ると、そこには出迎えの人達(当然男の人ばかり)。 その人達の前を、荷物を押しながら通って行くのは少々不思議な感じ・・・。何となく品評会に出された牛のような心境でした。でも無事、ダンナ様にもめぐり会えました。ヨカッタ、ヨカッタ。




・・・ということで、一日目終了。 後半に続く。
[PR]
by otravez | 2007-05-11 23:02 | 回顧録